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みやもっちゃんのひとりごと

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【みやもっちゃんのひとりごとNo.98】

2017-06-05
カテゴリ:みやもっちゃんのひとりごと
私の6月
 
友人が朝早く摘んで来てくれたあじさいの花が私の居間を華やかに彩る6月。6月と言えば、私にとって大切な人を見送った月でもある。
17回忌の法要の準備をしながら突然、壊れたビデオが時間の巻き戻しが始まったかの様に、あの時に戻る私。48才で主人を見送ったその年は燃えつき症候群になっていたのでしょう。何の為に、誰の為に自分は存在しているのか?何の為に働き続けているのだろう。モンモンとしながら夜になるとキッチンドリンカー状態。それでも責任ある仕事。きちんとしなければと思うまじめな私と、何とでもなれ~と思うもう一人の私の戦いが始まるのである。

そんな2人の私が綱引きを始めてしばらくたった頃、何の前ぶれもなく引き合った綱が切れるかの様に、私の心のどこかで大きな音をたて、突然切れてしまったのだ。当時を知る同僚は、自分自身懸命に働いているつもりだったのに『あの頃は本当に変だったよね。突然涙したり言動もおかしかった』と語る。そんな私だったから長年勤めたN生命も何の躊躇もなく退社できた。が、退社した所で人生が変わるワケでもなく、仏壇の前に座り主人と会話する日々が続いた。激しい幻聴、幻覚の病に体すり減らす主人の話を聞いてあげれたのではないか?私はやさしく見守ってあげれたのだろうか・・・。

又モンモンとする日、そんな折ふと雑誌をパラパラとめくると一冊の本の紹介があり、むさぼる様に読んだ。もっと知りたいとネットで検索すると、その著者(アメリカの心理学者)が日本で講義するとの記事。何はさて置き2日間その先生の話に耳を傾けた。運命の出会いだったと思う。心の根雪がとけ、水となり、美しい川に流れ出すかの要な、何とも不思議な感情を抱いた。そもそも主人の病もあって脳の事や心理に対する興味があり、その頃より話を上手に聞ける人になりたいと思う自分が現れたのかも・・・。心理カウンセラーの資格も取ってはみたが本当に心を寄せ話を聞く事は難しい事。なのに最近、病に悩む方、夫婦関係、人間関係に悩む方と出合い話を聞く事が多くなった様な気がする。自分の本心を誰にも語れなかった私、こんな私でよかったら、いつでも、どこでも聞人になろう。心のくもりが少しでも消せるなら・・・。時間の巻き戻しで気付いた私の6月は人生のターニングポイント月だったかも知れない。改めて17回忌を前に運命の本とその著者に出会えた事に感謝したい。

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(宮本佐代子)

【みやもっちゃんのひとりごとNo.97】

2017-05-09
カテゴリ:みやもっちゃんのひとりごと
軽減力
 
 女性の体は不思議なもので、若い頃の私は恥ずかしながら月の物が訪れる前には兆候があり、イライラ等はしなかったが気が付けばせっせ、せっせと普段やりそうもない所の家の掃除に励み出す事が多かった。で、あゝそろそろかな~なんて分かった。

 その月の物を卒業した今はと言うと、何となく気付かないストレスを抱えてる時に、それと同じ症状が現れている様だ。...
夜寝る前に限って、ゴソゴソと片付けを始める(笑)
それでも私の体と脳が解決出来ていないよ~と感じてる時は、自然と誰かしら友人の元へ足が向いている。何かを求めて会いに行ってと言うワケでもないが何故かそのお陰で心の解決がみられている様だ。数人の友人の中から脳が勝手にチョイスして導いてる感じがしている。

 先日もそうだった。ふとTちゃんに会いたいな~。
Tちゃんが立てるコーヒーが飲みたいと思い彼女の元へ!
ほんのほんのわずかな会話の途中、Tちゃんが「よし!今日は佐賀まで絵を見に行こう」と突然の誘い、その誘いに何の躊躇もなしに車を走らせ、池田学氏の今まで見た事のない様な絵を夢中で見てただ帰ってきたが、その夜の心は軽くなっていた。

 人は痛みを感じると痛い所に手を当ててさする。「手当て」だ。心が痛い時はどこをどうするのか?胸をさするのか。頭をさするのか。自分の脳に導かれる様に人に会いに行くことが手当てとなっているのであれば私の脳?(人間の脳)はなんと素晴らしいものだろう。若い人達と一緒にいると、側にいる人も若くいられ”気”をもらい元気になると言うデーターもある。しかしながら、この年になると若い友人は少ない。
そんな私がこの数日このままでいいのだろうかと考える事があり、年を重ねると言う事はきちんとした人間でなければならないと言う持論みたいな物で自分に圧を加えて元気ではなかったかも・・・。知れない。

 そんな時、私の大好きな瀬戸内寂聴さんのBBS特番を見た。若い頃、瀬戸内晴美時代の恋愛の神髄を書いた小説「子宮小説家」とやゆされた彼女の本を読みあさった。(笑)
その彼女が93才になった今「晩節をけがす」それでもいいのだと説いた。ここまで生きて来たのなら世間の目を気にする事なかれ!その言葉に衝撃を受け、又も心が軽くなった。本だったり姉妹だったり、友人だったり、音楽だったり心を軽くしてくれる人物が側にある幸せをつくづく感じる今日この頃です。

あなたの側に保険料が重いと感じる友がいたなら
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(宮本佐代子)

【みやもっちゃんのひとりごとNo.96】

2017-04-03
カテゴリ:みやもっちゃんのひとりごと
桜のこと
 
 3月末、私用で東京に上った、その時期はいつもの年と違って東京は桜満開宣言が出されたばかり、長崎のつぼみの桜とは違い、町並のあちらこちらでピンク色に抜ける風景を見せてくれ何だか一人得した気分となった。
そんな折、紀行作家の文章に目が止まった。私自身『桜守』と言う人がいらっしゃることは知っていたが、桜守第16代、佐野藤右衛門さん(89才)を紹介する文章と存在には驚かされた。16代続いている!何と天保3年(1832年)より桜守を伝承し続けている家系(歌舞伎役者の伝承と同じ物)の方。
藤右衛門代の言葉をかりると各地の桜を見に行く時は、その土地柄を知ってから行くと、一層面白いと言うのである。祇園枝重桜、根尾の淡黒桜三春滝桜。皆その土地に根付いているから同じ彼岸桜でも山桜でも、あれだけ人を引き寄せる力がある。ソメイヨシノは、どこに行っても同じ花だと言う。どんなに太くなっても幹とは違うんですって。接ぎ木を続けて枝が太くなっているだけで、だから下の方のとんでもない所に花が咲いているらしい。つまりソメイヨシノは自然本来の姿ではないと言う。
一方、驚く事に自然の桜は新月から満月に向けて咲くのだそうだ。彼いわく『女性の月のもんは月齢と一緒。桜もそうで周期がある。新月から上弦の月にかけて花がパア~っと咲き初めて満月になったら満開になりますよ。だから来年の花が咲く時期がわかるのは女だけなんだ』と何とも風流な話ではありませんか?

子供の頃は親に連れられてお弁当持参の花見に出かけ、大人になってからは会社の同僚、仲間達と酒を組み交わし、桜の下で騒いだものだが、こんなにも何十年も桜を楽しんで来てくれたものの桜本来の事は何一つ知らなかったのだと今さらながら日本人として少々赤面の思いがした。最後には彼は桜にも色香がつかなかったらダメ。古い自然木の桜は、わずかに残った枝に花を咲かせます。色気から色香に変わるんです。わずかな花に色香をのせて行く・・・・それが桜

桜を守る人を桜守と言い保険を守る人を 株式会社 トータル 宮本 の保険人と言います。
(宮本佐代子)

【みやもっちゃんのひとりごとNo.95】

2017-03-03
カテゴリ:みやもっちゃんのひとりごと
子供の未来に    私の住む長与町自宅の上の方に、小さな保育園がある。天気の良い日ともなれば小さなひよ子ちゃん達が黄色い帽子、青い帽子をかぶりピョコン、ピョコン、チョコ、チョコと先頭の親鳥(園の先生)の後を追いかけて行進するかの様な散歩風景をよく目にする。 以前も、このひよ子郡団のおもしろ話を書いた事があるが、たまらなくいとおしい。 しかしながら、その郡団の行く手には大型ダンプが行きかう団地造成の現場がある。今日も1つ、今日も又1つと山が崩されていく場所、緑の木々は伐採され赤茶気た土がむき出しになって行く様はたまらなく辛い。山は、二度と作りだす事は出来ないのに・・・。 私には2~3才の時の記憶として土の臭い、風の臭い、草木の記憶がけっこう残っている。まさにこのひよ子郡団と同じ頃の記憶。 この光景はこの子らにどう写っているのだろう。何を感じているのだろうと気にかかる。裏山に登り、今頃だと白い椿を見つけては大喜びし、花をもいで蜜を吸ってみたり、大好きだった野に咲くピンクの花は小さなラッパを縦に並べた様な10cm程の背丈の草、もうその花も大人になって目にしなくなってしまった(今でも、その花を探す自分がいる)きっと大人の都合で自然を粗末にした結果なのだろう。 団地も必要、道路をきれいにするのも大事だが空家が目立つ今となっては、何事もすぎるのは良くない様な気がする。そんな事を考えている時、2月末に野母崎にある幼稚園にお伺いする用が続いた。仕事を済ませ先生にお願いして子供達が遊ぶ園庭に一緒に出させて頂いた。遊ぶ子供の中に3~4才くらいの元気な男の子が私を見つけると、パッと横を走り抜けジャングルジムにかけ登った。 そして大きく股を開き右手を腰にあて、もう片方の手を額にかざし航海士が遠くを見るかの様な姿で『あ~今日もいいながめ~船も通いよる!』と叫び私をチラッと見て笑った。 きっときっと彼はこの光景がお気に入りでこの眺めの良さを私に教えたかったに違いないのだと感じた。自然のすばらしさは子供の身で感じ”豊かな記憶””幸せな記憶”として残って行くに違いないのに・・・。どうぞこれ以上子供達の為にも自然を崩さないで欲しいと心から願う所です。 元気な子供には傷害保険 ケガが心配ですよね  トータルの宮本までご相談ください。 (宮本佐代子)

【みやもっちゃんのひとりごとNo.94】

2017-02-07
カテゴリ:みやもっちゃんのひとりごと
死して尚
 
 怖いくらい早いです。もう2月ですよ。子供の頃は感じなかった。時の流れ体の動きは笑うほどとろくなるのに、月日の流れだけは逆行して早い。とそう感じたのも父の3回忌を1月末に済ませた時の事。まだあのホームに行けばいつもの様にオチャメに『ヨッ!』と得意の片手を上げて微笑む父に会えそうなのに・・・。

あゝもう2年も過ぎたんだな~。突然、母を亡くしても、病になっても、そして亡くなる寸前まで泣き言も言わず、グチも言わず周りに気を遣い笑顔でひょうきんであり続けた父の姿は、親として最後でそして最高の死のあり方を教えてくれたと今さらながらそう思う。そんな父は生前2度の脳梗塞を経験し、医師からも脳血管系で人生の終末を迎えるでしょうと伝えられたらしいのですが、当の本人は『イヤ、出来るならガンで死にたい』と言っていたのを思い出した。
まさに自分の思い通りのガンで亡くなったが、それにしても何故ガンで死にたいのか質問した時の答えが『お母さんはポックリ逝きたい(実際、義母はポックリ逝った)と言ってたがそれでは、お世話になった方に有難うも言えないし、自分の伝えたい事も伝えられない。
でも、ガンになったら時間があるからきちんと人生の後始末をして死を迎えられるそうやって死にたい』と答えた。私に伝えたい事は伝え、トラブルなき様、遺言書(公正証書)も残し、それには自分の葬儀のあり方、そして娘達にありがとうのメッセージまで残して・・・。有限実行『きちんとした死』実にすばらしい死で人生を終えてみせた。
それに比べて一人暮らしの長い私は父の様に、父の教えの様に生きられるだろうか?

法事って今を生きる人に対して、ちょっと立ち止まらせ考えさせる為にもあるのかも知れない。
その法事の後、私は何気なく一冊の本を手にした。五木寛之の玄冬の門。
内容は、まあ一人を上手に生きなさい。それには、お一人様人生を意識して日常をすごす事の重要さ等が書かれてあるのだが、私の心にヒット!何だか読み進めるうちに、これは再婚を期待し、私が一人で生きる事を常に心配していた天国の父からのプレゼント本の様に思えてならない。お前は、この本に書いてある様な生き方が似合うかもねって言ってる様で・・・。有難うお父さん

がんなりたくないが準備だけは必要ですね。ご相談はトータル 宮本まで。
(宮本佐代子)
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